旭日旗について30年くらい前の読売新聞を検索してみた
(ブログ始めました。数年振り十数度目)
韓国で旭日旗が忌避ないし攻撃されていると報道されると割とありがちな反応として
といったようなものがある。(あると思ってるが藁人形だというならご指摘ください)
自分は50歳を超えたところで、若い頃と言えるのはまあ30年くらい前の話になるんだが、その自分の若い頃の印象とはだいぶ異なる。
当時から韓国には嫌われてたし、一般世間に旭日旗が出てくることなんてなかったし、日常的に使ってるのは街宣右翼と自衛隊と朝日新聞くらい。街中で見かけるとギョッとするような存在だったはずだ。
はずだと言っても説得力がないので、自分が大学生だった1986年くらいからの読売新聞を記事検索してみた。
検索キーワードはズバリ「旭日旗」だが思ったほど検索結果はない。
初出は1989年1月の大喪の礼の記事。20件目で2000年11月。
ほぼベタ記事ばかりだが、文字数が多いものを何件か拾い読んでみた。
「大喪の礼」世界は見た 各国の反応 半旗・抗議・無関心
1989.02.25東京朝刊外電B3065字05段百六十三か国、二十七国際機関、欧州共同体(EC)という史上最多の外国弔問使節が参列した昭和天皇・大喪の礼。それを見つめる千四百人に上る外国報道陣。そして、この日、諸外国でも、それぞれの反応があった。さまざまな声や反応をいくつかの形でまとめてみた。◆「戦争責任」問う目厳しく◆〈中 国〉(引用略)〈韓 国〉二十四日、韓国では全国の大学の日本語学科の学生や老人ら約四百人がソウル市内のパゴダ公園に集まり、「戦犯ヒロヒト」の戦争責任を糾弾する集会が開かれた。集会では、在野団体の指導者、文益煥氏が「日本ではヒロヒトの死後、新軍国主義の動きが出てきており、これを食い止めることが新たな課題」と演説したのに続き、学生や戦争遺族らが決意を表明し、過去の侵略の認定と歴史わい曲の中止などを要求する日本政府あての公開書簡を採択した。参加者はこの後、旭日旗(日本の軍旗)を燃やして気勢を上げた。(ソウル・平野特派員)(以下略)
韓国では30年前から旭日旗燃やしている。
[「真珠湾」50周年]特集 「真珠湾」そして日本へ―米市民の声
1991.12.07東京夕刊夕特C2126字04段
アメリカにも侵略の象徴だとみなす人が居る。
朱鎔基首相が見せた対日姿勢 関係改善、強い意欲 「歴史」刺激せず(解説)
2000.10.18東京朝刊解説1139字04段
読売新聞の記者も懸念を示す。
とサンプルは少ないながら自分の印象は裏付けられた。なお、ここまでで400円もかかったのでこれ以上調べたくない。
やはり最近の事例と反応は韓国側が印象操作しているわけではないのではないだろうか。